スポーツソウルの記事


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EXOは、スポーツソウルが主催するソウル歌謡大賞と縁が深い。過去2012年のデビュー初年度参加した
22回授賞式(2013年開催)で新人賞を握ったのに続いて、2014年23回授賞式では、本賞、デジタル音源賞と
大賞を受けた。2015年には本賞、アイチイ人気賞、大賞まで2年連続大賞を獲得した。2016年にも本賞、大賞と
韓流特別賞を受け、3年連続で「3冠王」の栄光も手にした。EXOはソウル歌謡大賞25回の歴史の中で初めて
「大賞3連覇」の奇跡を成し遂げたチームになった。

特にカイは自分の誕生日(1月14日)に開かれた25回授賞式で受賞所感を明らかにして涙を流して話題になった。


-昨年ソウル歌謡大賞授賞式で「誕生日に良い賞を受けて気持ちがいい」という所感を明らかにして涙を流した

「すべての歌謡授賞式大賞は大切だが、昨年1月の私の誕生日を受けたソウル歌謡大賞のトロフィーは、私の
人生の中で指折りの最高の誕生日プレゼントでした。3年連続での大賞が容易でないことを知っている。ファンが
そのように私たちを支持してくれることを感じたし、その賞が誕生日プレゼントのように感じられました。だから、舞台も
さらに熱心にした記憶が残っています。

その受賞の感想を明らかにして泣いた理由でしょうか?実際には、2015年の活動が個人的に容易ではなかったんです。
ミュージックビデオ撮影で1月から苦労し、しばらく個人的なスランプも経験しました。そうするうちに歌手を夢見る
他の人を見て「頑張ろう。幸せにしよう」と自らを軽く叩いて、気を引き締めたりもしたんです。その一年を送ったが、
仕上げをよくして賞を受けることになったじゃないですか。賞はいつも意味がありますが、その賞はその瞬間
大切に感じられました」

生まれて3回目に迎えた酉年だ。12年前の酉年の時は、現所属事務所SMエンターテイメントのオーディションで脱落して
心の傷を抱えていたことを思い出すというカイは、12年ぶりの今年、アイドルグループのメンバーでトップの座に立って
新たな挑戦への熱望を燃やしている。国内アイドル中ダンスにおいて最上級レベルとされるカイは、12年後に
戻ってくる酉年には、自分の名前の前に「最高」という修飾語が付いていたら良いという風に表現した。


-周りを見て、酉年芸能人の特徴があるか

「最も親しい酉年芸能人の友人はシャイニーテミンです。周りに酉年芸能人が多くなくてよくは分からないですが、
私とテミンの共通点はあります。物事をよく忘れて大雑把な点です(笑)一つの事に没頭する特性も似ています」


-2017年酉年の活動計画と抱負は

「何か狂ったようにたくさんしたいです。狂ったようにしたいと思い、たくさんしなければならないと思います。
ダンス、歌も当然熱心にするが、もし新たな課題が与えられた場合、それも最善を尽くしたい。個人的にはファンのために
踊る映像を撮影して、さまざまなチャンネルで披露したいと思います。EXO活動も多くできたらいいですね」


-2017年の終わり頃に聞きたい言葉は

「聞きたい言葉よりも私がしたい話があります。さっきも言ったように、2016年の一年がどうだったかと誰かが
聞くと'残念だった'と話すことになりますね。2017年の終了時にインタビューでは'充実の時間だった。幸せだった'と
話すことができたらいいですね」


-最近ウェブドラマ「ファーストキスだけ7回目」を撮った。演技に対する欲は

「まだWebドラマ何本かしか撮ってないので演技や俳優について堂々と言うレベルではありません。徐々に魅力を
知っていく段階だと思う。ずっと踊りと歌だけ知って生きてきたが、演技という容易ではない課題が与えられました。
ところが、次第にその魅力に陥ることになります。たくさん不足しているから、今もたくさん学び、今後も知っていくことが
多いですが、あまりにもおもしろくて、なぜ俳優たちが演技を愛しているかわかるようです。まだ経験は少ないですが、
それでも撮影して幸せだった記憶が増えています。何でもしながら幸せなのが最高なのに演技もダンスと歌だけの私を
幸せにしてくれると思います。」


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-12年前の2005年酉年は何をしていたか

「2005年、小学校6年生の時でした。8歳の時からバレエをして中学での専攻にしようと思いました。私とは異なり、
父はSMエンターテイメントオーディションを受けるように言いました。よりによって中学校面接日とSMオーディションが
重なったんです。選択の岐路に立って、私は「じゃあバレエをしなくちゃ」と心に決めました。ところが、父が
「SMオーディションに合格すれば任天堂を買ってあげる」と言ったんです。だからバレエで中学校に行く夢をあきらめ
SMオーディションを受けました。その時は落ちました(笑)。

幼い年齢なのに、一瞬人生を失敗した感じがしました。「当分の間はバレエとアイドル準備を一緒にしてみよう」
という考えで、次の年までバレエとオーディションの準備を並行しました。ピ先輩、マイケル・ジャクソンの映像を
たくさん見た記憶です。SMから連絡が来たのは中2の時の2007年でした。その時SMに練習生でもなく、それより
一段階低い見習いとして入りました(笑)」


-お父さんが全面的に支持したというのが珍しい

「父の本来の夢が美術の方だったのに、家の反対でできなかったそうです。だから、私にはしたいことはすべて
やらせてくれました。幼い頃から美術、音楽など塾という塾はすべて通いました。私が一番興味を持っていた分野が
ダンスでした。だから、8歳の時にバレエを始め、全国大会で優勝もして、かなりしました。

SMオーディションを受けたことも、私は望んだのではなく、父が準備してくださったんです。私は8歳の時から
踊った動画をビデオカメラですべて撮っていて、それをSMに送ってオーディションを受けることができるように
してくれました。SMオーディションで落ちるなどの危機もありましたが、父は私を信じていたそうです。
最近会ったら「私はあなたがよくなると分かっていた。客観的に見ても子供の頃あなたは本当に上手だった」と
言ってくれました」


-12年後の自分自身を想像してみるなら

「12年後までは正直想像がません。あまり考えて見なかった部分です。ひとまず私が楽しみを感じられなくなるまで
ダンスをずっと踊ります。面白いですからね、私が踊るのをやめるという考えをするのが容易ではないです。
36歳の時も私はダンスをしているんです。そうでない場合、それに関連の仕事をしているでしょう。個人の希望?
36歳になった時どのような分野に私がいても'最高'という言葉を聞いてみたい。もちろん、維持するのが容易では
ないだろうが、それを逃したくはありません。少なくともダンスという分野においては12年後、''韓国でダンスにおいては
カイが最高'と言われるといいですね」







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